大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)41号 判決

原告

ラモンロモー

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、昭和54年審判第717号事件について、昭和58年8月18日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた判決

1  原告

主文同旨

2  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1974年7月1日にフランス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和50年6月27日、名称を「フライス盤」とする発明につき特許出願をした(同年特許願第79959号)が、昭和53年8月17日に拒絶査定を受けたので、昭和54年1月16日、これに対し審判の請求をした。特許庁は、同請求を同年審判第717号事件として審理した上、昭和58年8月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」(出訴期間として90日を附加)との審決をし、その謄本は、同年10月19日、原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲

固定の台枠(1)と、該台枠に回転駆動自在に装着された中空シリンダ(4)と、該中空シリンダの中心軸線(3)よりも下方でかつ該中心軸線に平行に移動できるように前記ブラケツト上に装着された工作テーブル(6)と、該工作テーブルの工作面内で回転運動ができるように該工作テーブルに装着されている円形板(7)と、前記中心軸線に垂直な平面内で水平軸にそつて前記台枠の上部に固定されたスライダ(11)と、前記水平軸にそつて移動できるように前記スライダに装着されたサドル(12)と、前記中心軸線に垂直な平面内で鉛直軸にそつて移動できるように前記サドルに装着された工具保持ケーシング(15)とからなるフライス盤。

(別紙図面参照)

3  審決の理由の要点

1 本願発明は、その明細書及び図面の記載からみて、「フライス盤」に関するものと認められる。

2 これに対して、昭和57年10月19日付けの拒絶理由は、本願は明細書及び図面の記載が不備であるから、特許法(昭和60年法律第41号による改正前のもの、以下同じ。)36条4項、5項に規定する要件を満たしていないというものである。

右拒絶理由で指摘した不備の点は、次のとおりである。

(1)  明細書14頁15行ないし15頁1行の「台枠1の両側には工作テーブル6の傾動用ハンドル9、工具保持ケーシング15を昇降させるハンドル24、円形板7を回動させるハンドル(図示せず)、サドル12を水平移動させるハンドル(図示せず)が設けられている。各ハンドルと各要素とは慣用のねじおよび歯車機構とによつてそれぞれ連結されている。」の記載について、その具体的構成が不明瞭である。(拒絶理由第1点の1)

また、明細書16頁5ないし8行の「シリンダ4の180度回転は手動によるかまたは台枠1に固定していてシリンダ4と一体化の歯車を作動する図示外のモータ減速機群によつて自動的に行われる。」の記載について、その具体的構成が不明瞭である。(拒絶理由第1点の2)

(2)  明細書15頁19行ないし16頁1行の「軸方向案内は台枠1とおよびシリンダ4に一体化の保持ブロツク33とによつて確保される。」の記載が具体的に理解できない。(拒絶理由第2点)

(3)  明細書に自動、手動によつて作動が行われると記載されているが、これらの使い分けに関する構成が不明瞭である。(拒絶理由第3点)

(4)  軸44がブラケツト5の台枠に関する傾斜いかんにかかわらず、テーブル6と円形板7とを作動するといつているが、これに関する構成が不明瞭である。(拒絶理由第4点)

(5)  軸55が工具保持ケーシング15及びサドル12に動力を与えるといつているが、これに関する構成が不明瞭である。(拒絶理由第5点)

3 右の拒絶理由に対し、請求人(原告)からは何の応答もない。

4  そして、明細書及び図面を検討しても、依然として右拒絶理由で指摘した不備な点は解消されていない。

したがつて、本願は右の拒絶理由によつて拒絶すべきものと認められる。

4  審決を取り消すべき理由

以下に述べるとおり、本願明細書及び図面には審決のいう不備は存在しないので、審決は事実誤認に基づく違法なものとして、取り消されなくてはならない。

1 拒絶理由第1点の1について

(1)  工作テーブル6の傾動用ハンドル9とこれが連結される要素との具体的構成

工作テーブル6は、スライダ及びブラケツト5を介して中空シリンダ4に取り付けられており、工作テーブルの傾動(シリンダの中空軸線3を中心とする工作テーブルの回動)は、工作テーブルが独自に運動するのではなく、シリンダの回転運動に伴つて、これと一体となつて動くことによつて生ずるものであるから、工作テーブル6の傾動用ハンドル9が連結される要素とは中空シリンダ4に他ならない。

その連結手段として、本願明細書の前記審決指摘箇所には、慣用のねじ及び歯車機構によつてなされることが明記されている。ハンドルの回転によつて発生するハンドル軸の回転がねじ機構もしくは歯車機構を介して異なつた方向に伝達され、その結果、末端要素に異なつた方向の運動を与えることは、本願出願日のはるか以前より周知になつている常識的事項である。例えば、運動を異なつた方向に伝達するために用いられる周知の歯車機構の1つであるかさ歯車機構及び周知の歯車機構を用いて、ハンドル9の回転によりシリンダ4に回転運動を与えることはその具体的構成の1つであり、その他いくつも例を挙げることができるが、いずれも本願出願当時の当該分野の通常の技術者にとつては自明事項であり、本願明細書中にその具体的構成の説明がなくても、特許法36条4項の要件に欠けるとは到底考えられない。

(2)  ハンドル24と工具保持ケーシング15とを連結する具体的構成

ハンドル24の回転により工具保持ケーシング15を昇降させる具体的構成は、本願出願前周知の歯車機構であるラツク・ピニオン機構を用いて当業者であるならば容易に実施することができる。

工具保持ケーシングは水平方向に移動するが、この場合、ラツクとピニオンの噛み合いを保つためには、両者の噛み合いの水平方向の長さを工具保持ケーシングの水平方向移動量よりも大きくすればよく、この点に何ら特段の技術的思考を要しない。

(3)  円形板7とこれを回動させるハンドルとを連結する具体的構成

本願明細書の記載(17頁7行以下)と図面(別紙図面)第3図によれば、台枠1内のモータ40は減速箱(もしくは加速箱)41を介して歯車42、同43を駆動する。右両歯車はそれらの軸が台枠に固定されており、その軸線はモータの軸線に平行であり、歯車43は更にシリンダ4と一体化の軸受けレース32上で針附き橇によつて案内される歯車輪39を駆動する。すなわち、シリンダ4の外周縁部に軸受レース32が装着され、該軸受レース上に歯車輪39が装着されている。その歯車輪39の軸受レースと接する内周面は平滑で軸受レースに対し滑動自在であり、その外周面には歯が形成されている。該歯車輪39に歯車43が噛み合い、歯車43の回転に従がつて歯車輪39はシリンダに運動を及ぼすことなく、自ら回転する構造になつている。

歯車輪39にはブラケツト5に固定する歯車45が噛み合つており、歯車輪39の回転に応じて歯車45も回転し、よつて同歯車軸44も同様に回転し、更に、慣用の歯車機構(例えば、かさ歯車)を介することにより、円形板7を回転させることになるのである。

以上が本願明細書及び図面に開示された台枠内に固定したモータの回転をブラケツト5の台枠に対する傾斜のいかんにかかわらず円形板に伝える具体的構成であり、これと同一の運動の伝達を台枠の側面に設けられた手動ハンドルにより行うことは、モータ40の回転をハンドルの手動回転に代えるだけのことであり、特段の技術的課題は全く存在しない。

モータの回転をハンドルの手動回転に代える構成として、例えば、モータ駆動軸の一端(減速箱41に連結された駆動軸の反対の端部)を台枠1の側面に突出させ、その部分にハンドルを取りはずし可能に装着すれば、該ハンドルの手動回転によりモータ駆動軸を回転させることができる。このようにすれば、その余は、前記のモータ駆動による円形板の操作と同一の構成により円形板7の運動を起すことができる。

また、同一の結果は、クラツチ機構の採用によつても達成することができる。すなわち、モータ40―減速箱(あるいは加速箱)41―歯車42の一連の構成のうち、減速箱と歯車の間にクラツチ機構をおき、モータの回転運動の伝達を遮断し、手動ハンドル機構に切り換えるようにしておけば、モータによる円形板の運動とハンドルによる円形板の運動とは両立するのであり、いずれの方法をとるにしても、本願出願当時の技術水準により容易に実施できるものであり、明細書のなかに具体的方法を書かなければ、当業者の実施に困難を生ずるということはない。

(4)  サドル12とこれを水平移動させるハンドルを連結する具体的構成

本願明細書に「サドル12と工具保持ケーシング15との移動は慣用の親ねじ機構21によつて制御される」との記載がある(14頁7ないし9行)。これによれば、サドル12の水平移動は慣用の親ねじ機構21によつて行われることになる。つまり、親ねじと螺合する雌ねじをサドルに設け、親ねじを回転させれば、サドルは親ねじの軸線と平行にスライダ11上を移動することになる。

このような構成は本件出願のはるか以前といえども当業者の容易に実施し得た事項である(甲第5号証の5・6)。

ハンドルの取り付けの位置と態様については、親ねじ機構21の一端にバーニアを取り付け、他端にハンドルを取り付けることは可能であると同時にきわめて実際的であるし、このような着想は特段の技術的思考をまたなくても、当事者によつては容易に想致できるものである。

2 拒絶理由第1点の2について

(1)  シリンダ4の回転を手動で行う場合については、右1(1)において説明したとおりである。

(2)  右の回転をモータ40で行う場合については、ハンドルに代えて、モータ40及び台枠1に固定してあるモータ減速機群をハンドル軸に取り付ければよい。また、モータ40及び減加速箱41から複数の出力軸を取り出し、クラツチにより任意の出力軸のみをシリンダ4の駆動側に接続させることもできる。このような機構は、工作機械分野で周知の技術である。

(3)  被告は、シリンダ4を180度で停止させる構成が不明瞭である旨主張するが、このための構成としては、シリンダ4の外周に取り付けられた歯について、その取り付ける範囲を180度までにするのが最も単純な構成である。他にいくつも例をあげることができるが、いずれも本願出願当時の技術水準により容易に実施できるものであり、明細書のなかに具体的方法を書かなければ、当業者の実施に困難を生ずるということはない。

また、被告は、シリンダ4を180度の範囲内の任意の角度で停止する構成が不明瞭であるとの主張するが、運動中のシリンダを停止させることは、モータ停止、クラツチ切断、ハンドルの回転中止等により実施でき、これを所定の位置に停止させるためには、モータと逆のトルクを発生させてそのモータを停止させる電気ブレーキ等本願出願当時の技術水準から容易に実施可能な方法を採用すればよい。このことは、シリンダ4の他、工作テーブル6、円形板7、工具保持ケーシング15、サドル12の各停止を、モータの停止、クラツチの切断等の方法を用いて行う場合についても同じである。

また、停止したシリンダを固定する方法としては、本願明細書(16頁1ないし4行)及び図面(別紙図面)第2図にクランプ34によつてこれを行うことが具体的に示されている。

なお、シリンダ4の180度の回転は、シリンダに従属して回転する工作テーブル上の工作物の工作面のどの部分をも水平状態に保つために必要であつて、これにより円形板の回転等と相まつて、フライスの角度は垂直としたまま作業ができることになる。この点は本願明細書に「円形板の旋回に関連ある工作テーブルの振輻180度の傾動によつて、工作物のいかなる被切削表面でも水平位置に方位附けることができ、工具保持ケーシングは固定の垂直方向を有することができ、したがつて作業者がフライスの作業状態を見る見方はいつも同じである。」(8頁16行ないし9頁1行)と明瞭に記載されている。このように、シリンダ4を180度回転できるようにする趣旨目的が明示されているため、シリンダ4の回転、停止等に関する回転速度等を含む適切な具体的構成は、当業者により容易に実施できるのである。

3 拒絶理由第2点について

審決が拒絶理由第2点として指摘する箇所に前後する本願明細書の文脈によれば、指摘箇所はシリンダ4、ブラケツト5及び円形部材50の動きに関する記述であり、指摘箇所の直前に、シリンダは2列のころ30とシリンダに固定された軸受レース31、32によつて案内されて回転運動をし、円形部材及びブラケツトはシリンダに固定されており、したがつて、これらの部材はシリンダと一体になつて回転運動を行うことが述べられている。これに続く指摘箇所では、軸方向案内(つまり、中心軸線3方向の移動)は、シリンダに一体化された保持ブロツク33によつて確保されることが示されている。明細書図面(別紙図面)第2図に見られるように、シリンダの中心軸方向の移動は開口2の外側に延在するブラケツトの部分と保持ブロツクとにより阻止されており、このような構成及び作用についての記述が指摘箇所の文意であり、その趣意は図面を参照すれば理解するに困難はない。

4 拒絶理由第3点について

審決は、自動、手動の使い分けに関する構成が不明瞭であるというが、本願明細書及び図面(別紙図面)に明らかなように、台枠の内部にモータ40、工具保持ケーシング15の上部にモータ17を各取りつけ、モータの回転をねじ機構及び歯車機構を介して種々の方向の運動に転換し、本願フライス盤の各部分に所望の作動を生ぜしめているのであり、これらは本願出願前からの慣用技術であり、手動による場合の構成が明らかになれば、これを自動に切り換えることは何らの技術的困難をも伴わない。例えば、クラツチ機構等の慣用技術を採用することによつて切換えは容易に実施できるものである。

5 拒絶理由第4点について

軸44はブラケツト内に装架されているのであるから、ブラケツトと一体となつて動くことは当然であり、同様にブラケツトに装架され、これと一体化して動くテーブル6、円形板7に軸44の回転運動を伝えることは、慣用のねじ機構又は歯車機構により容易に果すことができる。

また、軸44がブラケツトの台枠に対する傾斜いかんにかかわらず、台枠内に装架されたモータの回転を受けるための具体的構成については、前記1(3)に述べたとおりである。

6 拒絶理由第5点について

本願明細書の記載(18頁5行以下)と図面(別紙図面)第4図によれば、シリンダ4の円周上にこれと一体化して装着された軸受レース32の上を針付き橇によつて案内される歯車輪39(シリンダ、軸受レース、歯車輪の位置的相関々係及びモータ40の作動により右歯車輪が回転運動を起すメカニズムについては、右1(3)参照)は、台枠の開口2の上部部分において、固定的な軸56に固定された歯車51を作動し、回転軸線はシリンダ4の軸線3と平行な右歯車51はその運動を、ピニオン52、これと同軸のかさ歯車54、これと噛み合うかさ歯車53を介して、サドル12と工具保持ケーシング15とを駆動する軸55に伝える。軸線3に垂直な駆動軸55は横材10内に設けられたスペース内で回転可能であるから、右駆動軸55をねじ21と一体に構成すれば、右1(4)において説明したように、ねじ21の回転により容易に工具保持ケーシング15及びサドル12に動力を与えることができるのであり、右の構成及び運動伝達の作用は、本願明細書及び図面の各記載並びに本件出願当時の技術水準により、当該分野における通常の技術者であるならば容易に実施しうるものである。

第3請求の原因に対する認否、反論

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4の主張は争う。

2  審決の認定、判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

本願明細書には、構造の説明として、周知慣用のモータ減速機群、歯車機構、ねじ機構で行うという記載があり、原告も、周知慣用のクラツチ機構、歯車機構、ねじ機構により容易に実施できるとか、特段の技術的思考を要しないなどと主張する。これらのクラツチ、歯車、ねじなどの各単品及びクラツチ、歯車、ねじなどからなる連結機構が周知慣用のものであることは認める。しかし、これらは、ある具体的特定関係にあつて初めてその構成が理解できるものであるところ、本願明細書及び図面には、全般的にこのような具体的特定関係が記載されておらず、原告が周知慣用の技術を示すものとして提示する甲第5ないし第9号証の文献に記載されているものは、本願発明と具体的にどのように結び付くのかが不明である。以下、原告主張の順に従つて、反論する。

1 請求の原因4 1について

(1)  原告が主張する傾動用ハンドル9と中空シリンダ4の歯車機構による連結及びこれによつて惹起される運動の伝達手段が周知慣用の技術手段であることは認める。しかし、その具体的構成は本願明細書及び図面において明らかでない。

(2)  原告は、ハンドル24と工具保持ケーシング15とを連結する具体的構成は、当業者であるならば容易に実施することができると主張しているが、何を根拠に容易に実施することができるのか判らない。

(3)  原告は、円形板7とこれを回動させるハンドルを連結する構成につき、モータ40の回転をハンドルの手動回転に代えるだけのことであり、特段の技術的課題は存在しないと主張するが、具体的構成が判らない。例えば、モータをハンドルに代えると、モータでの回転はできない。モータの回転をハンドルの手動回転に代える構成として原告の主張するところは、本願明細書及び図面に記載がなく、本願発明では具体的にどのような適用になるのか理解できない。本願明細書では、台枠1の両側には、各ハンドルが設けられている旨の記載しかなく、具体的構造の説明がない。原告の主張は明細書の記載と一致していない。

(4)  原告は、サドル12とこれを水平移動させるハンドルを連結する構成につき、甲第5号証の文献を引用して親ねじを説明しているが、これは旋盤の刃物台を送るもので本願発明とは結び付かない。また、ハンドルをどこにどのように取り付けるのかが具体的に不明である。

2 同4 2について

本願明細書及び図面の記載上、シリンダ4を180度で停止するには、いかなる構成をもつて行うのか、また180度の範囲内で所望の角度でシリンダ4を停止するには、いかなる構成で行うのか不明瞭である。

原告の主張するところは、本願明細書及び図面に記載がなく、本願発明では具体的にどのような適用になるのか理解できない。また、シリンダの停止を単にモータの停止やクラツチの切断で行うとすれば、動くものには慣性がついているので所定の正確な位置での停止はできない。

3  同4 3について

審決が拒絶理由第2点として指摘した箇所の本願明細書の文章は、主語が不明瞭のため、何に対する軸方向なのか、何が案内されるのかが判らない。

4  同4 4について

審決が拒絶理由第1点の1で指摘した本願明細書の記載箇所には手動で操作を行うことが記載されており、一方、軸44はテーブル6と円形板を操作し、軸55は工具保持ケーシング15及びサドル12を操作することになつている。すると、それぞれの動力源が異なるものと理解せざるをえないし、その結果、前者と後者のテーブル、円形板、工具保持ケーシング、サドルを作動する構造のうち、どれとどれが共通要素であるのか、共通要素でないのか、どこで手動と自動とを切り換えるのかが理解できない。

5  同4 5について

原告の主張するところは本願明細書及び図面に記載がなく、本願発明と対応した具体的関係も不明である。

6  同4 6について

原告は、出願当時の技術水準により、当該分野における通常の技術者であるならば容易に実施しうると主張するが、何を根拠に容易に実施しうるのか判らない。原告の説明では、軸55が工具保持ケーシング15およびサドル12を動かす説明になつていない。

第4証拠

本件記載中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1 拒絶理由第1点の1について

(1)  前記当事者間に争いのない請求の原因2の本願発明の特許請求の範囲と成立に争いのない甲第2号証により認められる本願明細書の「フライス盤は台枠1によつて地面に載る。この台枠は、中心軸線3が水平なる丸い開口2を有する。この開口2内で中空シリンダ4が旋回する。このシリンダ4は、溝附き工作テーブル6を支えるブラケツト5と一体化している。」(同号証明細書11頁13ないし17行)、「工作テーブル6の平面は開口の中心軸線3に対しシリンダ4の可動範囲内で任意の位置を占めることができる。」(同12頁11ないし13行)との記載及び成立に争いのない甲第3号証により認められる本願明細書図面(別紙図面、以下同じ)によれば、工作テーブル6は台枠1に回転駆動自在に装着された中空シリンダ4に片持支持されるブラケツト5上に装着されているから、工作テーブル6の傾動はシリンダ4の回転に伴つてこれと一体となつて行われること、したがつて、工作テーブル6の傾動用ハンドル9が連結される要素とはシリンダ4であることが明らかである。

そして、原告が主張するハンドル9とシリンダ4の歯車機構による連結及びこれによつて惹起される運動の伝達手段が周知慣用の技術手段であることは被告も認めるところであり、このような動力伝達機構を台枠1の内部空所に軸受等の手段で支持することは当業者が設計に際して随意行うことができる程度と認められる。

(2)  また、ハンドル24と工具保持ケーシングとを連結する具体的構成として原告の主張するラツク・ピニオン機構そのものが周知慣用の技術手段であることは被告も認めるところであり、このような周知慣用の動力伝達機構を台枠1の空所内に適宜設置することは、当業者の随意適用できる単なる設計事項の域を出ないことといわなければならない。

(3)  前示本願明細書の「第3図に示すのは歯車輪39から工作テーブル6および円形板7のために動力を取出す装置の長さ方向断面詳細図である。この図にも台枠1が見える。この台枠1に直流または交流の電気モータ40が固定される。このモータは減速箱若しくは加速箱41をかいして、台枠1に対し固定の軸線の周りに可動な歯車42を駆動する。この歯車42は、軸受上に装架されたもう1つの歯車43をかいして、シリンダ4と一体化の軸受レース32上で針附き橇によつて案内される歯車輪39を駆動する。したがつて、電気モータ40は上記の歯車装置によつて、シリンダ4に関して回転可能な歯車輪39を駆動する。歯車輪39の回転運動は、テーブル6を支えるブラケツト5内に設けられたスペース内で旋回する軸44および動力伝達機構をかいしてテーブル6と円形板7とにそれぞれ伝わる。軸44の一端を有する歯車45は歯車輪39と噛合う。故に電気モータ40は歯車輪39をかいして、ブラケツト5の台枠1に関する傾斜いかんにかかわらずテーブル6と円形板7とを作動する。」(甲第2号証明細書17頁4行ないし18頁4行)との記載と前示本願明細書図面第3図とによれば、原告主張(請求の原因4 1(3))のとおり、台枠1内に固定したモータの回転による動力をブラケツト5の傾斜のいかんにかかわらず円形板7に伝える具体的構成は、本願出願当時の技術水準に基づき、当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていると認めることができる。

そして、このモータの回転をハンドルの手動回転に代える構成として、例えば、原告が主張するとおり、モータ40の駆動軸の一端(減加速箱41に連結された駆動軸の反対の端部)を台枠1の側面に突出させ、その部分にハンドルを着脱自在に取り付ければよく、あるいは、本願出願前周知の技術であることにつき当事者間に争いのないクラツチ機構を採用し、モータ40とその駆動軸の一端に取り付けた右ハンドルとの間の駆動軸の適宜箇所にクラツチ機構を介在させ、このクラツチ機構を操作部材によつて接続切断することとすれば、モータの回転とハンドルの手動回転を随時切換えることができることは明らかであり、この程度の機構を採用することは、明細書及び図面にその具体的構成が記載されていなくても、当業者が設計に際して容易に行うことができるものと認められる。

(4)  前示本願明細書の「サドル12と工具保持ケーシング15との移動は慣用の親ねじ機構21によつて制御される。」(前同14頁7ないし9行)との記載と前示本願明細書図面第1図によれば、親ねじ機構21は、図示されている親ねじと螺合する雌ねじがサドル12に設けられていることが認められ、これにより親ねじを回転させれば、サドル12は親ねじの軸線と平行にスライダ11上を移動することが明らかである。この親ねじを回転させるハンドルは図示されているバーニア20が取り付けられている他端に取り付けることができ、この程度のことは明細書に記載がなくても当業者が容易に実施できることと認められる。

(5)  以上のとおり、審決が拒絶理由第1点の1として指摘する本願明細書の記載は、前叙の周知慣用の技術手段を用いることにより、当業者が容易に実施できる程度にその構成を明らかにしているものと認められるから、審決が右記載につきその具体的構成が不明瞭であると判断したことは誤りというべきである。

2 拒絶理由第1点の2について

シリンダ4の回転を手動で行う場合については、右1(1)で述べたとおり、その具体的構成は明らかである。

この回転をモータ40で行う場合については、手動の場合のハンドルに代えて、モータ40の回転を台枠1に固定して設置されているモータ減速機群を介して、クラツチ等により右ハンドルの軸に伝達する構成を採用すればよく、このような構成が工作機構の分野で周知の技術であることは被告もあえて争わないところであるから、これを本願発明のフライス盤に適用することは、当業者が容易に行うことができる程度のことと認められる。

シリンダ4を180度で停止させる構成として、原告の主張するとおり、シリンダ4の外周に取り付けられた歯についてその取り付ける範囲を180度までにする等の被告もそれが周知の技術手段であることを明らかに争わない技術手段を用いること、シリンダ4を180度の範囲内の任意の角度で停止する構成として、成立に争いのない甲第9号証の1ないし5により周知の技術手段でであることが認められる電気ブレーキ、電磁ブレーキを用いることは当業者が設計に際し任意に行うことができると認められるから、これを前提に本願明細書及び図面の記載を見れば、その構成が明らかというべきことは原告の主張するとおりであると認められる。停止したシリンダ4を固定する方法については、前示本願明細書の「シリンダ4と、工作テーブル6を支えるブラケツト5との回転阻止はクランプ13と同様な機能を有するクランプ34によつて確保される。」(甲第2号証明細書16頁1ないし4行)との記載及び前示本願明細書図面第2図により、その構成が明らかである。

したがつて、拒絶理由第1点の2についての審決の判断は誤りといわなければならない。

3  拒絶理由第2点について

審決が拒絶理由第2点として指摘する箇所は、前示本願明細書によれば、本願明細書図面第2図を説明するところの「既に説明した要素の大部分、特にその中心軸線3が水平な円形開口2を有する台枠1が見られる。開口2の内部で軸線3を周つて回転可動なのは中空シリンダである。シリンダ4は2列のころ30によつて案内される。これらのころ30はシリンダ4に固定した軸受レース31、32上を転動する。シリンダ4と同直径である円形部材50をかいしてブラケツト5に組附けられる。」(甲第2号証明細書15頁11ないし19行)との記載に続く文章であることが認められる。右記載と前示本願明細書図面第2図によれば、右審決指摘箇所の文意が原告主張のとおりに理解できることは明らかである。

したがつて、これを具体的に理解できないとした審決の判断は誤りである。

4  拒絶理由第3点について

前示本願明細書及び図面によれば、本願発明のフライス盤の主要な作動要素は、被工作物を支持する側の要素としては、中空シリンダ4、中空シリンダ4に片持ちされるブラケツト5上を平行移動可能な工作テーブル6及び工作テーブル6上で回転可能な円形板7であり、工具を支持する側の要素としては、水平移動可能なサドル12及びサドル12に装着された工具保持ケーシング15であることが認められる。

右のうち、円形板7の回動をモータ40の回転とハンドルの手動回転によつて行う場合の切換えの構成については、前示1(3)に述べたとおり、当業者が設計に際して容易に行うことができるものであり、その構成は明らかである。その他の作動要素における自動、手動の切換えの構成も、当事者間に争いのないクラツチ機構等周知の技術手段を採用して当業者が容易に実施できると認められる。

したがつて、これに関する構成が不明瞭であるとする審決の判断は誤りであるといわなければならない。

5  拒絶理由第4点について

軸44がブラケツト5の台枠に関する傾斜いかんにかかわらず、円形板7を作動する具体的構成が明らかであることは、前示1(3)のとおりである。

そして、前示本願明細書と図面第3図とによれば、軸44はブラケツト5内に装架されて、ブラケツト5と一体として動くことは明らかであり、この軸44の回転力により工作テーブル6を中心軸線3に平行に移動させ、円形板7と独立に制御可能とするためには、本願出願前周知の技術手段であること当事者間に争いのない歯車機構、クラツチ機構を採用すればよいことは明らかであり、これらの機構を採用することは当業者によつて格別の困難はなく設計に際して随意に行うことができるものと認められる。

したがつて、この点に関する構成が不明瞭であるとする審決の判断は誤りである。

6  拒絶理由第5点について

前示本願明細書の「第4図に示すのはサドル12および工具保持ケーシング15のために歯車輪39から動力を取出す装置の長さ方向断面図である。この図にも横材10と、台枠1と一体なる開口2内で可動なシリンダ4とが見える。シリンダ4は、ブラケツト5と一体化し、シリンダ4と同じ直径の円筒部材50をかいしてブラケツト5に組附けられる。歯車輪39は、シリンダ4およびブラケツト5の円筒部分50と一体化の軸受レース32上を針付き橇によつて案内される。既に第3図からわかるように、歯車輪39は電気モータによつてシリンダ4に関して回転作動される。こんどは歯車輪39が台枠の開口2の上方部分に関して固定な軸56に固定された歯車51を作動する。回転軸線がシリンダ4の軸線3と平行な歯車51はその運動を、ピニオン52、これと同軸のかさ歯車54、これとかみ合うかさ歯車53をかいしてサドル12と工具保持ケーシング15とを駆動する軸55に伝える。軸線3に垂直な駆動軸55は横材10内に設けられたスペース内で回転可能である。したがつて、電気モータ40は軸55および動力伝達機構をかいして工具保持ケーシング15およびサドル12に動力を与える。動力伝達機構は、例えばクラツチ箱22ならびにこれに連結されたねじ21および22等からなつている。」(甲第2号証明細書18頁5行ないし19頁9行)の記載と前示本願明細書図面第1ないし第4図によれば、モータ40の動力は右記載の機構により軸55に伝達されることが明らかであり、この軸55を周知の技術手段であること当事者間に争いのない歯車機構によりねじ21及び右図面第1、第2図におけるねじ21に平行な下方の軸に連結すれば、軸55がサドル12及び工具保持ケーシング15に動力を伝える構成を容易に得ることができると認められる。

したがつて、拒絶理由第5点についての審決の判断もまた誤りといわなければならない。

3 以上のとおり、拒絶理由第1点の1・2及び第2ないし第5点についての審決の判断はいずれも誤りといわなければならず、右拒絶理由の指摘するところによつては、本願明細書及び図面の記載が特許法36条4項及び5項の要件を満たしていないということはできないから、審決の結論は誤りであり、審決は違法として取り消しを免れない。

4 よつて、原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 牧野利秋 清野寛甫)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例